GLIM SPANKY(グリムスパンキー)『ONE PIECE』主題歌の衝撃!「売れないんじゃなく時代が追いていない」魅力を解説!

高見沢メシ
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こんにちは、あらぴです。

60~70年代のロックの匂いを漂わせ、力強いボーカルで存在感を放つ、

GLIM SPANKY(グリムスパンキー)。

代表曲「怒りをくれよ」の他、数々のタイアップ曲を手掛けてきました。

それにもかかわらず、ネット上で見かける

「GLIM SPANKYは売れない」との文字・・・

いやいや、売れないんじゃなく、

時代がGLIM SPANKYに追いついてないだけでしょ~‼

というわけで、ここではGLIM SPANKYの真の魅力に迫りたいと思います。

また、GLIM SPANKY(グリムスパンキー)メンバーのプロフィール、

バンドの結成、バンド名の由来などもご紹介。

どうぞ最後までお読みください。




GLIM SPANKYが「怒りをくれよ」見せた爆発力!


GLIM SPANKYの名前が世に知られた大きな転機は、

2016年7月に公開された映画『ONE PIECE FILM GOLD』主題歌となった、

「怒りをくれよ」でしょう。

なんと『ONE PIECE』作者の尾田栄一郎先生自らが、

GLIM SPANKYに惚れ込み、主題歌担当に抜擢したというから驚きです!

尾田栄一郎先生はGLIM SPANKYの楽曲「大人になったら」を聴き、

「ルフィの強さ、信念、そして戦いの中の熱量を表現できるのは彼らしかいない」

と確信したそうです。

GLIM SPANKYはこの映画のために「怒りをくれよ」を書き下ろしました。

「怒りをくれよ」は、怒りの感情を内に秘め、日常を打破しようとする

エネルギーを感じられる歌詞です。

亀本寛貴さんの激しいギターサウンドと、

松尾レミさんのハスキーで力強い声が見事に爆発しました!



GLIM SPANKYが『あさイチ』で生ライブ!

『あさイチ』武部聡志とGLIM SPANKY(グリムスパンキー)がスペシャルライブ披露!
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「GLIM SPANKY売れない」の真相は?

インターネットでGLIM SPANKYを検索すると、

「売れない」という心無いワードを見かけました・・・

これは、むしろ、GLIM SPANKYが「流行に迎合していない」

ことの証明とも取れますよね~

今の時代、SNSでキャッチーなフレーズや振り付けがバズる=売れる

という風潮にあります。

ですが、GLIM SPANKYはそこに重きを置いていないと思われます。

だって本当に売れていないアーティストは、

日本武道館の客席をいっぱいにはできませんものね~

きっとGLIM SPANKYが目指すのは、一時の流行ではなく、

この先もずっと色あせない聴き継がれる音楽でしょう。

例えれば、彼らの愛する60~70年代のロックサウンドのように。


GLIM SPANKYのメンバーは?

GLIM SPANKY ボーカル 松尾レミ

 氏  名  松尾レミ(まつお れみ)
 生年月日  1991年12月7日
 出  身  長野県豊丘村
 担  当  ボーカル、作詞、作曲
 影響を受けたアーティスト  BUMP OF CHICKEN

松尾レミさんは、自然豊かな長野県豊丘村で育ちました。

幼いころは画家になりたかったそうです。

というのも、松尾レミさんのお祖父さんをはじめ、親戚も画家が多い家系だそうです。

お父さんがとても音楽好きだった影響か、

松尾レミさんは子どもの頃、教会でゴスペルを歌っていたようです。

GLIM SPANKY松尾レミさんの高校時代の夢は、

「美大に入って音楽活動をすること」でしたが、

生まれ育った田舎ではその夢を嘲笑されてしまったそうです。

その時の悔しさ悲しさを形にしたのが、

GLIM SPANKYのメジャーデビュー曲「焦燥」でした。

のちに、GLIM SPANKY松尾レミさんは、

「焦燥」は自分の人生を変えた一曲だったと回想しています。


GLIM SPANKY ギター 亀本寛貴

 氏  名  亀本寛貴(かめもと ひろき)
 生年月日  1990年8月24日
 出  身  長野県飯田市
 担  当  ギター、作曲、編曲、プログラミング
 影響を受けたアーティスト  GLAY

亀本寛貴さんは、長野松川高等学校で、松尾レミさんの1年先輩にあたります。

GLIM SPANKY亀本さんは、幼い頃はサッカー少年でした。

チームではなく、なにか一人でできるものはないかと考えたとき、

「GLAY」のファンだったこともあり、

ギターを手にしたのが音楽人生の始まりだったそうです。

ボーカル松尾さんより一年先輩だった亀本さんは、

先に名古屋の大学に進学していました。

ですが、ボーカル松尾さんが東京の芸術大学に進学し、

東京でGLIM SPANKYを続けたいと希望したため、

なんと亀本さんは名古屋の大学を中退し、関東の大学に入学しなおしたそうです!

その潔さには驚きます・・・しかも親御さんもよく許してくれましたねえ。

GLIM SPANKYに手ごたえを感じていたからできた決断のようです。


GLIM SPANKYのバンド名の由来は?

ところで”GLIM SPANKY”とはどんな意味なのでしょうか。

バンドGLIM SPANKYは、ボーカルの松尾レミさんが高校一年生の時、

文化祭のためにメンバーを集めて作りました。

文化祭後に残ったボーカルの松尾レミさんと、ギターの亀本寛貴さんの2人で、

現在のGLIM SPANKYは活動しています。

GLIM SPANKYのボーカル松尾レミさんは、「ケルト文化」に興味があり、

幻想文学も好きだったそうです。

それで、”GLIM”グリム(=灯火、かすかな光)という幻想的なイメージの言葉と

“SPANK”スパンク(=平手打ち)という攻撃的な言葉を掛け合わせ、

”GLIM SPANKY”(グリムスパンキー)と名付けました。

ゴロもよく、パンチのあるバンド名になりましたね~

すると、曲も自然とそのような雰囲気になっていったそうで、2人は

バンド名の”GLIM SPANKY”が、方向性を決定づけてくれたと話しています。


GLIM SPANKYは売れないどころか、業界大物の「推し」アーティスト

改めて、GLIM SPANKYの楽曲は、

1960年~70年代のロックやブルースを基盤に現代的な感性を融合させています。

亀本寛貴さんの奏でる重厚なギターサウンドと、

一度聴いたら忘れられない松尾レミさんのザラついたハスキーボイス、

激しくもメロディアスなロックは唯一無二の存在感を放っています。

実は、GLIM SPANKYは2014年6月のメジャーデビュー以来、

次々と業界の大物に絶賛されているのです。

みうらじゅんさん、いとうせいこうさん、リリー・フランキーさん。

更に、松任谷由実さん、桑田佳祐さん、加山雄三さんからも・・・

恐るべしGLIM SPANKYの実力!

一番驚き、恐縮しているのは、推されているGLIM SPANKYでしょうねえ。

やはり、GLIM SPANKYは「売れない」のではなく、

コアなファンに刺さるアーティストということなのです。


GLIM SPANKYが『高見沢メシ』に登場!

2024年11月、GLIM SPANKYの2人は、

アルフィーの「高見沢俊彦の美味しい音楽美しいメシ」(通称:高見沢メシ)

に出演し、お勧めの絶品バンドメシを紹介してくれました。

松尾レミさんが地元の菜園ビュッフェレストラン「ベジフルキッチン」、

広島の情熱鉄板「お好み焼き川創」の謎の”マチョ―キー”、

新潟市民のソウルフード「万代そば」のカレー、「いちのや」の海苔弁当など

どれも美味しそうでしたよ~

GLIM SPANKYと高見沢さんは60~70年代のロックの話で大盛り上がり!

高見沢さん「もっと話したいからまた来て!」

の言葉は本当だったようで、後日GLIM SPANKYの2人は、

高見沢さんのラジオ番組にも2週にわたってゲスト出演していました。

また、高見沢さんは「怒りをくれよ」を一緒にセッションし、

「久々にしびれた!」とたいへんご満悦の様子でした!

確かに、「怒りをくれよ」はテレビからはみ出しそうな迫力があり、

ぜひ生歌をライブで聴いてみたいと思わせてくれました。

また1人、GLIM SPANKYを推す音楽業界の大物が増えましたね。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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