アルフィーに不祥事?ではなく不幸な事件はあまたあれどすべて乗り越え今、元を取ってる?

THE ALFEE
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こんにちは、あらぴです。

なぜかネット上で「アルフィー 不祥事」という検索ワードが見られます・・・

バンドの歴史が長いだけに、アルフィーが何か不祥事を起こしたことがあるかもしれない、と勘繰るネット民がいるのでしょうか?

いやいや、ありますよ!

「不祥事」ならぬ「不幸な事件」ならば数えきれないほど!

この記事を読んでいただければ、

「ええーっ⁈アルフィーはそんなヒドイ目にあってきたのに、よくまあめげずに50年以上も続けて来られたもんだねえ・・・」

と感心すること間違いなしです~

それでは、アルフィーの不祥事ならぬ、不幸な事件簿をまとめましたので、どうぞ最後までお読みください。




アルフィー不祥事ならぬ不幸な事件その①「A面デビューのはずが?」


アルフィー桜井さんが高校生の時組んだバンド「コンフィデンス」は、コンテストで優勝の実績があり、早くから音楽業界の目に留まっていました。

とんとん拍子にレコードデビューの話もまとまり、当然「イイ声」の桜井さんがリードボーカルに決まっていたのです。

ところが、新しくバンドに加入した高見沢さんを見たレコード会社の方が

「高見沢くん、いいルックスだねえ。A面は高見沢くんでいこう!」

と突然のボーカル変更に!

当時のアナログレコードは、表のA面と裏のB面という構成でした。

当然、A面がレコードの顔になり、力を入れて売り出したい楽曲が収録されました。

A面を歌うはずが、B面になった桜井さん・・・

「それからずーっとB面だった」とぼやいていましたねえ。

高見沢さんは、サポートギター担当のつもりでバンドに加入したのに、歌番組で突然ハンドマイクを持って歌う羽目に!

一方の桜井さんは、仕方なく弾けないギターを持ってエアギター状態だったとか。

そもそも「コンフィデンス」は、桜井さんのメインボーカルとハモリが評価されていたはずなのに?

実は、アルフィーはデビュー当初、なんと「アイドルフォークバンド」として売り出されたのです。

ルックスだけでいとも簡単に方針が変わる、非情なアイドルの世界ですね~

1974年8月25日リリースのデビューシングル「夏しぐれ」は、あのヒットメーカーである松本隆さん(作詞)と筒美京平さん(作曲)によるものでした。

レコード会社ビクターのアルフィーへの期待の大きさがうかがえます!

が、残念ながらヒットには程遠い状況だったそうです・・・


アルフィー不祥事ならぬ不幸な事件その②「受験日間違えちゃった?」

アルフィー坂崎さんは、進学校である墨田川高校に在学中から、既にどっぷりフォーク漬けの毎日だったもよう・・・

高校入学初日から教室にギターを持って行き、先生から「何をしに学校に来ているのか?」と叱られたとか。

それで、堂々と学校にギターを持っていくため「フォークソング同好会」を設立したという逸話があります!

さて、明治学院高校に通う桜井さんの「コンフィデンス」と出逢った坂崎さんは、

「プロへの道が見えて来た!桜井と一緒にプロになるなら同じ大学がいいだろう」

と前年度の受験問題集を購入し、受験勉強を開始したそうです。

いよいよ受験当日、意気揚々と出かけてみれば、英文科の試験会場が見当たらず、

???おかしいな~と慌ててパンフレットで確認すると、

なんと試験は前の日に終わっていたとか!

問題集に記載されていた前年度の日程を見て思い込んでいたようですね。

パンフレットや受験票など、正確な日付は目に入らなかったのでしょう・・・

アルフィー坂崎さん、人生最大のうっかり‼

思い込みって怖いですねえ~

そんなこととつゆ知らず、桜井さんは坂崎さんの代わりに合格発表を見に行き、

坂崎さんの受験番号を一生懸命探すも見当たらず、

とても気の毒そうな声で「無かったよ・・・」と電話で報告。

後日、ポロっと坂崎さんのお母さんから事実を知らされ、桜井さんは激怒していたそうです~

そりゃ、お人よしの桜井さんも怒りますよねえ。

坂崎さんは、二部の試験に無事合格、晴れて明治学院大学の学生になれたそうです。


アルフィー不祥事ならぬ不幸な事件その③「緑色づくしの山手線事件!」

アルフィー高見沢さんは、カッコいいビジュアルからは想像できないほど、沢山の天然エピソードを持っています。

飛行機から降りた後のタクシーの中、「なんか耳が痛いんだよ~」と言っていたら、耳に機内用イヤホンが入ったままだったとか・・・

履いていたロンドンブーツの中からカセットテープが出てきたとか・・・

どこかの会館で、スリッパが左右一足分ずつ重ねて置いてあったのを気づかずに、両足二枚重ねたまま履いていたとか・・・

折に触れカミングアウトされる天然エピソードのなんと多いことでしょうか~

アルフィーファンの間では、高見沢さんの天然ぶりは周知の事実でしたが、

とうとう世間一般に認知された極めつけが、あのアルフィーキッチンの「玉ねぎ」でしょうねえ。

実はアルフィーは、YouTube動画など世の流行にしっかり乗っていますよね。

私の大のお気に入りエピソードをもう一つ!

若かりし頃から高見沢さんは派手目のファッションだったとか。

シャツもパンツも、手に持った紙袋までも全身緑色ファッションでキメて、おなじみ緑色の山手線に乗り込みました。

ところが、電車のドアに紙袋が挟まってしまい、引き抜こうと焦って引っ張っていたらドアが開き、

「ああよかった~」と紙袋を見下ろしたところで、今度は頭をドアに挟まれたとか!!!

向かいのホームで見送っていた桜井さんは、もちろんゲラゲラ大笑いが止まらなかったそうです!

高見沢さん本人は、車中で他のお客さんにクスクス笑われ、いたたまれず次の駅で降りたそうです・・・トホホ


アルフィー不祥事ならぬ不幸な事件その④「突然のレコード発売中止!」

お待たせしました!

アルフィー最大の不祥事、不幸な事件といえば、やはりこれでしょう。

3枚目のシングル「府中捕物控」のレコード発売中止!

この「府中捕物控(ふちゅうとりものひかえ)」は、世間を騒がせた

「3億円事件」が時効を迎えるタイミングで作られたパロディー曲で、

「タイムボカンシリーズ」を手掛けた山本まさゆきさんの作品でした。

アルフィーのメンバーも「心機一転、この曲でガンバロー!」と思っていた矢先、

突然、発売日の前日に中止を知らされたとか!

「ビクターレコードの社風に合わない」とかいう理由(他に諸々の理由があったのかもしれませんが?)だったそうですが・・・

発売前日にそりゃないでしょ~

楽曲の依頼も制作も、全部レコード会社がやったんじゃないの⁈

アルフィーのメンバーは、その時の悔しい気持ちをどこにぶつければいいのかわからなかったそうです。

ただ、こんな事態を招いてしまったのは

「自分たちは実績もオリジナル曲も持っていない。つまり義主張が無いからだ。」

との考えに至ったそうです。

不運を他者のせいにするのではなく、自分たちの実力不足を反省したのですね・・・

場合によっては音楽を辞めるきっかけにもなりかねない不幸な大事件は、

むしろ起爆剤になり、そこから高見沢さんは猛烈に楽曲を作り始めたと語っています。


アルフィー不祥事ならぬ不幸な事件その⑤「ギャラ持ち逃げ?」

一方的な発売中止のあと、レコード会社と契約を解除したアルフィー。

仕事が無くなったアルフィーは、事務所の先輩である研ナオコさんやかまやつひろしさんなどのバックバンドを務めながら、ライブハウスで活動していたそうです。

あるとき広島では、ウルトラマン・ショーのド派手なステージの後、3人で歌い出したらお客さんはぞろぞろ帰り始め・・・

あげく、その夜「今夜はパーッとやりましょう~」と打ち上げで接待されたと思ったら、世話役の男にギャラを持ち逃げされ・・・!

なんとこの少し前にも、長崎の仕事で同じようにギャラを持ち逃げされたことがあったそうです。

とことんツイてないこの時期、嫌な思いも沢山経験しながら、

「今に見てろ!」と逆境をバネにしてきたアルフィーなのです。


不幸をバネにして乗り越えたから今、元を取ってる?


様々な不祥事ならぬ不幸に見舞われてきたアルフィーですが、

「今まで辞めようと思ったことは一度もない」と、3人は口をそろえます。

所属のレコード会社が無い状態の約3年間、落ち込んだり煮詰まったり、ご飯もろくに食べられなかったり・・・

なのに、アルフィーの3人は誰も「解散」なんて、一度も口にしなかったそうです。

むしろ以前より懸命に練習に励み、どうやったらライブのお客さんを楽しませられるかを考え続けていたのです。

きっと、アルフィーは3人一緒だったから、そしてマネージャーの関口さんが常に熱くサポートしてくれたから、夢をあきらめずにいられたのでしょう。

高見沢さんが、『高見沢メシ』のゲスト桃色ドロシーに

「アルフィーにも不幸な出来事は沢山あったよ!でも今、元を取ってる。だから長く続けた方がいいよ!」

と深~い実感のこもったお言葉をかけていました。

私たちファン史上最大の大事件は、もちろんアルフィーと出逢ったこと!

そしてその出逢いが人生に大きく影響を及ぼしたこと!!

だからずっとずっとこの先も、アルフィー中毒を長く続けましょう!!!


アルフィーが文化庁長官特別表彰を受賞!

2026年の幕開け、ありがたい慶事が飛び込んできましたよ~

なんと、我らがアルフィー(THE ALFEE)が「文化庁長官特別表彰」を受賞したのです!

文化庁長官特別表彰はロックバンドとして初の快挙!

なんとテレビのニュースでも取り上げられた栄誉です‼

ロックバンドが「文化庁長官特別表彰」を受けるのは初のことだそうですね~

この賞は、文化活動に優れた成果を示し、日本の文化振興に貢献し、

発信力が高いと認められた人に贈られるとのことです。

個人的に驚いたのが、文化庁長官はかの都倉俊一さんなのですね~

都倉俊一さんは、作曲・編曲家として、

ピンクレディー「UFO」「サウスポー」、山本リンダ「狙いうち」、

山口百恵「ひと夏の経験」などなど大ヒット曲を世に送り出した方なのです。

授賞式の後の食事会で、アルフィーの御三方は、

都倉長官からヒット曲の制作秘話を聞くことができて感激したようですね。

きっと音楽家としての都倉俊一さんも、アルフィーへの授与は

想い入れがひとしおだったのではないでしょうか・・・

アルフィーが受賞した理由は?

アルフィーが選ばれた理由として

「海外公演や国際的音楽祭への参加を通じて日本のロックを世界に紹介」、

「国際的な音楽ネットワークの架け橋となっている」と評価されたからとのこと。

インターネットが普及した現在は、若いアーティストの音楽が海を越えて聴かれ、

海外公演を行うことも珍しくなくなりました。

が、80~90年代に海外進出する日本のアーティストは数えるほどでしたよねえ。

当時から日本のロックシーンを牽引し、52周年を迎えてもなお

精力的にライブ活動を継続しているアルフィーだからこその評価です。

「お国が認めたロックバンド」

の称号は、私たちアル中にとっても本当に誇らしい、素晴らしい快挙でした。

アルフィーの御三方のコメントは、以下のとおりです。
「52周年のタイミングで非常に励みになります。
なにか大~きなお年玉を頂いたような気持ちなりました。
この賞に恥じないように、(ライブ通算本数)3,000本に向かって
これからもトラベリングバンドとして頑張っていきたいと思います。
今までずっと応援してくれたみなさんと一緒に取った賞だと思ってください!
ありがとうございます。」

 

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